足早に夏と秋の空気が、入れ替わったみたいで、過ごしやすくなりました。
今宵も京都 祇園は、賑やかそうで、楽しみであります。
例会に参加する様になってから日常の些細なことが気にならなくなった方、以前から親に対して感謝の気持ちが湧いてこないと今も引きずっている方、今までの努力・苦労が報われて会社経営が順調なご夫妻、これからは両親が自分たちの為に楽しく過ごしてくれたらいいなあと切望される方、幸せいっぱいの新婚ご夫婦、数年前に何日も生死の間をさまよう大事故に遭いながら社会復帰して人生を共にする伴侶とめぐり合ったご夫妻とそれを見守った母上様、これまでの人生の悪かった部分をリセットしようとされている方、ご家族との旅行や日常を愉快にお話くださる方、人の数だけ人生・生き方があるのだなあと実感いたします。
前島「何日前かの就寝前に自宅居間で、家族四人それぞれでくつろいだ後に、私だけほろ酔いで、ひと足早く寝床に着こうと居間からの立ち去り際、家族に向かって「バイバイ」と言ったんです。
小学2年生の娘は、少し怒り気味で・・・・・・「バイバイちがう、おやすみ!」
中学生の息子は、一呼吸おいてから・・・・・・「バイバイ」
もう一度、娘に向かって「バイバイ」と言うと、「バイバイちがう!おやすみ!」と・・・・・・」
女性の皆さま「娘さん、すごいショックを受けたんとちがいます?」 「悲しかったと思う。」 「お父さん、もう帰ってこないの?とか思ったのでしょう。」
会長『お嬢は、死ぬの?って、心の中で泣いていたんだろうね。』
新井さん「なんで、「バイバイ」って言ったん?」
前島「無意識なんです。ホントに無意識に口から出たんです。同世代の知人が、朝になったら冷たくなっていたという話を聞くことがあります。「バイバイ」も良いかもと思います。それにしても幼少期の子どもは、私と違って感性が鋭いなあと思いました。」
会長『子どもにも「バーイ」って言った。小学2年のお嬢は、先月もここに来て勉強しているからね。
「死ぬ」ってことは、嫌なのよ。「バーイ」って言うのも嫌なのよね。でもね、それをいつも覚悟できる人になればいいね。
それを薄情というように考えたらアカン。いつ親に死なれてもいいように、自分も「がんばろう」っていうように生きていかないと、育ててもらった恩にならない。親が死んで、取り乱して泣いているようじゃ親も死に切れないよ。
ただ、今のお嬢には、少しきつかった。お兄ちゃんは、もうできているんだよ。』
会長『戦争や大災害では、目の前で肉親が死んでいく・・・・・・。
お父さんが、死にかかっている。弟も・・・・・・ その中で「お母さんを連れて逃げろ!」って、瓦礫の下敷きのお父さんが兄に言うわけよ。
「バーイ」なんだよね。
お父さんを何とか助けようと思うんだけど、できないんだよ。そのとき父親が「お前が生きろ!」って言うんだよ。「お母さんを助けろ!このままだとお前も死んでしまう。」
そこで選択だよな。でも・・・・・・離れがたいよな、まだ生きているんだから。
これがホントの「バーイ」なんだよ。』
『母と娘が瓦礫の下敷きになって・・・・・・お互いに喋れているんだけど、死んでいくんだよ。助けられないし、自分も助からない。そのときの会話、「ありがとうね」って言葉が出てくる。「お母さん大丈夫よ」って言う。
そうなると、めそめそしていないよ。逝くんだから。それで「バーイ」って言う。「ありがとうね」っていう。やっぱり、散々と泣いているようじゃダメなんだよ。そうなるのは、育て方なんだよ。
地震が来て、お父さんだけ助かって、他のみんなが死ぬときもあるよね。だから「おやすみ」のときに「バーイ」で良いんですよ。人間って・・・・・・先のことは、わからん。』
我が家の「バイバイ」は、今も続いています。娘も頑固です。最近では、私の部屋のドアに立ち塞がり、「バイバイちがう、おやすみ!」
私が、「おやすみ」と言うまで、通してくれません。
仕方がないので、「おやすみ」と言って、寝室に入りドアを閉めてから「バイバイ」とつぶやいています。
私も頑固です。
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