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●東京月例会報告レポート
 


                本当の貯金、本当の財産とは?

                                   平成18年4月23日  目次に戻る

  「事実は小説より奇なりって言うけど、毎日ドラマより凄い事件が起きていて、そのニュースを聞きながら"へ〜、またか"って皆、平気でご飯を食べられている。災害もどんどん起きてマスコミは最初しか取り上げないから、忘れ去られてしまう。
  直接自分に関わりの無いものは無関心、自分だけよければいい、金さえあればいい。家庭は安住出来ないし親も信頼出来ない、仕事もこれでいいという確信がない、上司も社長も信頼出来ない。経済大国だと言うのに皆、何が大事かって事すら見失っている。
  20年前、『天職』という本を書いたが、今はもう少し具体的に書かなければならない様だ」と現在執筆中の本の話をして下さいました。

  「これじゃなければいけないという職業は本当は無いのだと思う。
  自然に無我夢中になれて生きがいであり趣味でもある仕事に就ける人は少ない。大多数の人は家族の為に辛い思いをしてでもニーズにあっていて、自分を受け入れてくれる職場でがん

ばって働いている。その仕事自体が人間を磨く手段であり、糧になる。そしてその仕事が全うできた時、初めて天職だったんだと言える。
人間の本当の天職は夫職、妻職。
  何故なら一つの職業の為に生きている訳ではない、人間を何の為にやっているのかって言ったら、それはたった一つ、愛する人がいるからだ」

……………

  いつもお祓いに付き添われている東会長の奥様(自然会では専務)が「プライバシーの問題がありますので差し障りのない範囲ですが」と、お祓いの話をして下さいました。

  「交通事故が元で三叉神経に異常をきたし、普通には歩くことも食事をすることも出来ない、喋ることも出来ないという娘さんのお父さんが、本人は文字も書けないのでと代筆で手紙を送って来られました。
  当初は連れてくるのが難しいとの理由で遠隔お祓いをご希望でしたが、遠隔は本人のために良くないのでと申し上げたら、お父さんが車で背負って連れて来られた。2月のことでした。

  二回目で筆談が出来るようになり、三回目で単語程度が話せるようになった。その段階で会長が”君はもう日常生活がちゃんと出来るようになるから、大丈夫だよ、あと一回診るけど、それは5月に”と仰られました。そしてまたお父さんに背負られて帰って行かれました。

  一週間位したら手紙が来て、食事が普通に出来るようになったと報告してくれました。また少しして手紙が来て、今度はちゃんと喋れて、手紙も自筆。しかも驚く様な達筆と文章力で、夜空を見に行って、満天の星にすごく感動した様子が書かれていて、動こう、生きようという意欲が感じられ、嬉しく読ませて貰いました。
  そしてそこにはお母さんの感謝の手紙も添えられてありました。

  奇病を発生する心の何か、それを紐解いてあげたときにお祓いの力とがあいまって、彼女自身がその精神的な問題を解決する、糸口を掴んだのではないか。
  5月にはしっかり自分の足で歩いてくるのだろうと再会を楽しみにしている」

  東会長は「医者に匙を投げられると本当に親御さんたちは途方に暮れてしまう。この方もあちこちの名だたる名医や、拝んでくれる所や、有名なオーラを見てくれる人の所にも行ったが、全くだめだったそうだ。
  こういう話を公表すると難病奇病が殺到してしまうが誰でもという訳にはいかない。親や周りが全員でその子を何とか治そうという愛情にしっかりと包まれて、本人も本当に治ろうとしていると、こちらとも波長があってくる。
  それはもう一般的にいう奇跡です。放って置いても十年経ったら治るものを早めているだけ。助かるものであれば助かる時期を早めているだけ。
  人間には決して変えることの出来ない寿命というものがあるから、寿命までをどう生きるのか、です」と言葉を添えられました。

………

 「ただ長く生きればいいというものではない。孫子の代まで恩恵を遺す”あの方のお孫さんですか”と言って大事にして貰える、そういう生き方をしなければね」
  会員さんから出された老人介護の話題をきっかけに次のように話されました。

  「いかに自我欲で生きたか、いかに人の為に生きたか、で死に際は決まる。 人の為に尽くすという徳の貯金を積んでいれば、往生が出来る、ボケない、寝たきりになって人に迷惑をかけたりしない、生き抜くことが出来る。

  今あることは過去の行動の結果。己のした事が己に返る。だから明日の心配をするよりも今、徳を積む。今しか出来ない。明日は無いかもしれない。人間は生まれて来たんだから死ぬのが当り前、今日、明日、この中の誰が死んでいても不思議ではない。然りなんです。

  問題は心の中でその人が"生きているのか死んでいるのか"です。
  長生きしてもやっと死んだかって思われたり、生きているのに心の中で抹殺されていたり、逆に死んだあとも、その人の教えやぬくもりが生きている、その人が居たから今生きていられる、というのもある。

  だから友達は本当に大事なものなんです。
  利害関係ではない、友の身に起きたことは何事も我が身に起きたことと思える、その友の為なら死ねる、親友ではなくて、信友、信友こそ本当の財産なんです。自然会はそういう友を創る場、だからどんどん皆交流して欲しいし、そういう真のエネルギーを広めていけば、世の中が浄まるに決まっている。
  酒なんか呑んで冗談も沢山言うし、不真面目だと思うかもしれないけど、頭で学習することではないです。ふっと心の琴線に触れたものを培養する。人の喜びや悲しみが伝わって、感動する、感動出来る。
  自我欲で凝り固まっている人は損だよね、人の意見を聞かないから、全然受けるものがない。勿体無いよね。人の話を聞くことは本当に大事なことですね。

  今は色んな地域から東京まで集まっているが、是非、地元でこういう会をやりたいという人が出始めた。人生談義に始まって皆で切磋琢磨していく堅苦しくないコミュニケーションの場が、今年は日本中に広がっていくに違いないと期待している」




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